名古屋市天白区に広がる緑豊かな里山、相生山緑地。

都市計画道路「弥富相生山線」の建設事業について調べていると、「そもそもこの事業は、税金を投じる公共事業として、正当な根拠があるのか?」という疑問が湧いてきます。

この点について、公共政策論の立場から検討します。


公共事業を評価する、5つの視点

公共事業は、私たちが納めた税金を投じ、人々の生活や環境に大きな影響を与えます。

そこには厳格な正当性が求められます。

公共政策評価の分野では、こうした事業の妥当性を検討する際、おおむね次のような視点が重視されます。

  1. 必要性・緊急性:公益に資するか? どうしても実施しなければならない、差し迫った理由があるか?
  2. 合理性・比例性:目的と手段に論理的整合性があるか? 得られる便益に対して、失われるものが大きすぎないか?
  3. 持続可能性:財政・環境・社会的公平性の観点から、将来にわたって維持できるか?
  4. 政策整合性:自治体自身が掲げる他の政策・戦略と矛盾していないか?
  5. 統治性(ガバナンス):意思決定プロセスが透明で、住民の理解を得られているか?

この基準は、筆者が独自に考えたものではありません。

国交省の指針

国土交通省自身が定める公共事業の再評価実施要領にも、これと同じ趣旨の考え方が明記されています。

「費用便益分析などの事業の投資効果、事業を巡る社会経済情勢等の変化、事業進捗の見込みなどをもとに、事業の継続・中止を判断する」

「現時点では貨幣換算が計測技術上困難なため、費用便益分析の便益として計上されていない効果(例えば、生活環境、自然環境、景観等)についても、必要に応じて定性的な評価項目として考慮する」

つまり国交省自身が、「費用便益比(B/C)だけで判断してはならない。社会経済情勢の変化や、自然環境・景観といった、お金に換算しにくい定性的な価値も含めて、総合的に判断すべきだ」という制度を、既に公式に持っているのです。

この再評価は、「事業評価監視委員会」という第三者委員会によるチェックとセットで運用することが想定されています。

この記事で用いる5つの視点は、こうした国の公式な考え方や、学術的に確立された概念(比例原則など)を踏まえて、筆者が独自に整理したものです。

5つの視点は相互に関連

さらに言えば、これらの5つの視点は、いずれも独立した論点ではなく、相互に関連しています。

  • 必要性が薄れているからこそ「比例性」が問われる
  • 財政が厳しいからこそ「優先順位」が問われる
  • その優先順位を「誰がどう決めたのか」を問うのが統治性

つまり、どれ一つとして軽視できない視点です。

というわけで、この5つの視点に沿って、弥富相生山線計画の実態を、行政側の資料をもとに検証していきます。


検証①:必要性・緊急性

公共事業の出発点である「必要性」とは、ライフラインの維持や災害からの復旧など、公が介入しなければ市民の安全が脅かされる場合に、特に強く認められるものです。

1957年(昭和32年)の計画をそのまま踏襲してよいか

そもそもこの道路計画が決定されたのは、環境意識が現在よりも低く、開発一辺倒だった高度経済成長期の1957年です。

すでに周辺の道路網が整備された現代において、この古い計画をそのまま踏襲する公共の必要性は、当時と比べて相当に希薄になっていると考えられます。

過去の古い計画を、現在の社会情勢に合わせて見直すための法整備が十分に進んでいないことも、この機能不全を後押ししている一因です。

長期的な人口減少と高齢化

私たちは今、人口減少社会を生きています。

長期的なスパンで見れば、自動車の交通量そのものが減少に向かうことは十分に予想され、新しい大型道路を新設する大義名分は薄れつつあります。

また、沿線地域には車を利用しない高齢者も多く暮らしています。

一部の自家用車ユーザーの利便性だけを追求することは、公平性・弱者配慮(社会的包摂)の観点からも疑問が残ります。

「緊急性」の根拠は乏しい

防災上の緊急性についても、疑問があります。

市が示す徒歩避難時間のシミュレーションでは、「現状のまま(道路なし)」の避難ルートにおいて、緑地内にある既存の散策路や舗装路をわざわざ無視し、不自然に大きく迂回したルートを設定して時間を算出しているという指摘があります。

道路を作った方が避難時間が短くなるように見せかける、客観性を欠くデータと言わざるを得ません。

またハザードマップ上の浸水リスク区域外からの移動時間を論拠にするなど、防災上の緊急性を裏付ける説明としては、十分な根拠を欠いています。

さらに言えば、これまで交通混雑の議論として示されてきたデータを見る限り、命に関わるような切迫した「渋滞」ではなく、「混雑」の域にとどまっているとみられます。

老朽インフラの崩落対策や、差し迫った大規模水害対策のように、費用便益を度外視してでも最優先されるべき緊急性は、本事業には見出しにくいと言えます。

結論①

以上のことから、本事業の「必要性」「緊急性」は、当初の計画時と比べて大きく希薄化していると考えられます。


検証②:合理性・比例性

この項目では、事業の合理性や、事業の目的と手段のバランス(比例性)が問われます。

行政側は「渋滞解消」「入り込み対策」「防災対策」などを目的としていますが、その実態には非合理性が見られます。

科学的根拠を欠く交通予測

学術検証委員会において、もともとの計画には、十分な裏付けとなる交通予測データがなかったことが指摘されています。

「渋滞解消」が、後付けの理由になっている疑いが拭えません。

この項目については、こちらのページで詳細に検討しています。

経済性・効率性の検証を拒否

公共事業の合理性を測る基本指標である費用便益比(B/C)についても、昨今の深刻なインフレ・資材高騰・人手不足を反映した最新データでの再計算を、名古屋市は行っていません。

これは、国が自ら定めるルールに照らしても、看過できない点です。

前述の通り、国土交通省の「公共事業の再評価実施要領」は、「事業を巡る社会経済情勢等の変化」を踏まえて事業の継続・中止を判断すべきだとしています。

物価・資材費・人件費の高騰という、まさに「社会経済情勢の変化」の只中にありながら、その変化を反映した再評価を行わないのであれば、国自身が定める再評価の考え方にすら沿っていないことになります。

事業費・便益ともに、当初の見積もりから状況が大きく変化しているにもかかわらず、その再検証を避けたまま計画を進めることは、合理性の検証を放棄していると言わざるを得ません。

比例性の欠如(社会的損失の甚大さ)

この道路建設によって得られるものは、わずか数分間の移動時間の短縮です。

一方で、失われるものは、相生山緑地の中核部の生態系や水環境です。

保全生態学の知見によれば、最も生息密度の高い中央個体群が分断・破壊された場合、個体群は回復困難な「絶滅の渦」へ突入するリスクがあります。

さらに、名古屋市は「他都市でも見られる植生回復事例」や「夜間通行止めの検討」を対策として挙げますが、在来種の植生が本当に回復するのか、単に外来種が繁茂するだけになるのかについての検証は十分に示されていません。

数分の利便性のために、名古屋に残された貴重な里山を損なう行為は、行政法上の「比例性の原則」(目的に対して手段が過剰であってはならないという考え方)に照らして、均衡を欠いていると考えられます。

結論②

以上のことから、本事業には、限られた便益のために生態系への大きな影響を招く「比例性」の不均衡があり、合理性が十分に検証されていません。


検証③:持続可能性(財政・環境・社会的公平性)

「持続可能性」について、名古屋市の財政と環境負荷の両面から検証します。

2026年度、約922億円の収支不足

現在の名古屋市の財政は、厳しい状況に直面しています。

2026年度には、過去最大となる約922億円もの収支不足が見込まれています。

アジア・アジアパラ競技大会の開催経費の増大、職員の人件費増加などが要因となり、市の貯金にあたる「財政調整基金」を取り崩さざるを得ない異例の事態に至っています。

市民へのしわ寄せ

財政難の結果として、名古屋城、東山動植物園、名古屋港水族館といった、市民に身近な公共サービスの入場料・利用料の値上げが相次いでいます。

さらに、昨今のインフレ・資材高騰・人手不足による労務費上昇で、当初予算から大幅に事業費が膨らむことが見込まれます。

市民に負担を求める一方で、道路建設に大きな費用を投じ続けることは、財政の持続可能性という観点から見て、優先順位に疑問符がつきます。

水環境の悪化による環境負荷

環境負荷の面からも懸念があります。

道路建設により、雨水の直接流出率が従来の37%から55%へ上昇することが、学術検証委員会の資料で示されています。

これは土地の保水力を奪い、森を乾燥させ、下流域の洪水などの災害リスクを逆に高める要因になり得ます。

経済的な観点から見ても、将来的に必要となりうる洪水対策費や環境修復費用という「長期的な環境コスト」が、将来世代の負担として先送りされる構造になっている可能性があります。

結論③

本事業には、財政難に直面する名古屋市の「財政持続性」に疑義があり、加えて長期的な環境負荷も懸念されます。


検証④:政策の整合性

自治体自身が掲げる、他の政策・戦略との整合性を検証します。

名古屋市は「生物多様性なごや戦略」「水の環復活なごや戦略」といった政策を自ら掲げています。

しかし、弥富相生山線計画は、これらの方針と正面から矛盾する内容になっています。

さらに、2010年に名古屋市で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)の開催都市として、国際的に里山保全の重要性を発信してきた経緯とも整合性を欠いています。

一つの部局が掲げる個別の目標(道路整備)と、市全体として掲げる上位の政策目標(生物多様性・水循環の保全)との間に、明確な整合性の説明が示されないまま計画が進められています。

この点は、政策全体の一貫性という観点から見て、大きな課題だと考えられます。

結論④

本事業は、名古屋市自身が掲げる政策目標との整合性を欠いています。


検証⑤:統治性(ガバナンス)

「統治性」は、民主主義社会における行政の健全性を担保する、重要な視点です。

ここでも、名古屋市の対応にはいくつかの課題が見られます。

公約の転換と、市民アンケートの設計

現市長は、道路事業を休止させていた「河村前市長の方針を100%継承する」という公約を掲げて当選しましたが、その後、方針を転換して工事再開を表明しました。

この転換の理由について、十分な説明がなされているとは言い難い状況です。

また、市が実施した住民アンケートには、事業そのものの是非を問う選択肢が含まれていませんでした。

「道路を作る」ことを前提とした設問設計のまま、「住民の多数が賛成している」と結論づける手法は、住民の意向を客観的に把握する上で、公正さを欠いていると言わざるを得ません。

「折衷案」の実効性

名古屋市が提示した「折衷案」は、一般車両の通行を可能にする内容です。

一般車が安全にすれ違うためには、結局のところ片側1車線(歩道を含め幅員12〜16m)程度の道路構造が必要になると見込まれます。

これによって周辺の住宅街や交差点に新たな交通が流れ込み、別の場所での渋滞や住環境の悪化(外部不経済)を引き起こす懸念があります。

「折衷案」というのは名ばかりで、実質的には当初計画と何も変わらないことになります。

説明責任の放棄と、学識者意見の都合よい切り取り

これほど重大な問題であるにもかかわらず、住民説明会に市長自身が参加せず、自らの言葉で経緯を説明する場を設けていません。

さらに、中立であるべき「学術検証委員会」の議事録から、推進派の「つなぐ以外ない」といった根拠なき発言のみを都合よく切り取り、工事再開の大義名分に仕立て上げるなど、情報の透明性と説明責任を著しく欠いています。

結論⑤

以上の点から、本事業は、ガバナンス(統治性)と住民合意についても、重大な問題を抱えています。


結論:公共事業としての原則を、十分に満たしているとは言えない

必要性・合理性・比例性・持続可能性・政策整合性・統治性という、複数の視点から検証した結果、導き出される結論は次の通りです。

「弥富相生山線道路計画は、現代の公共事業として求められる要件の多くを、十分に満たしているとは言えない」

費用便益分析(B/C)の再算定や、他事業との比較に基づく優先順位づけを、最新の物価動向を反映して示さないまま、1957年の計画をそのまま実行に移そうとする姿勢は、公共政策の評価プロセスとして、十分な検証を経ているとは言い難いものです。

家計にたとえるなら、毎月の収支が赤字(収支不足922億円)で貯金を切り崩し、公共サービスの利用料値上げという形で家族に負担を求めている家庭が、物価が高騰する中で、60年以上前に「欲しい」と言っていた高額な買い物を、借金をしてまで実行しようとしている──

いま名古屋市が置かれている状況は、これに近いのではないでしょうか?

最も後回しにするべき(=中止すべき)事業

このように、弥富相生山線計画は「公共事業全体の中で、最も後回しにするべき(あるいは中止すべき)優先順位」にしかなり得ません。

本来の実務であれば、これほど多方面にマイナスを叩き出す事業は、財政難(収支不足922億円)に直面した時点で、予算の「選択と集中」によって真っ先に切り捨てられるか、延期されるのが筋です。

にもかかわらず、名古屋市が費用便益比の再算定も、公共事業全体における優先順位の公開も明確にしないまま、前のめりに工事再開へと進もうとしています。

そこには、科学的な政策評価(理論評価)を無視した、行政の「過去の計画を引っ込められない」という硬直化した官僚制度の弊害や、一部の声を優先する不透明な政治的力学が働いていると疑わざるを得ません。

今一度、立ち止まって検討を

私たちは、未来の名古屋、次世代の市民に対して責任を持つ必要があります。

数分間の利便性のために、長い年月をかけて街の気候を和らげ、人々の暮らしとともにあった里山という自然資本を壊すことが、本当に理にかなった選択なのか?

今一度、立ち止まって検討する必要があります。