これまで整理してきた問題点は、主に交通・財政・生態系・水循環といった、比較的定量化しやすいテーマを扱ってきました。

しかし、相生山緑地が持つ価値は、それだけではありません。

  • 癒し
  • 誇り
  • 思い出
  • 教育

など、お金には換算しづらいけれど、暮らしの質を根本から支えている価値が、この森にはあります。

「弥富相生山線」道路計画が壊そうとしているのは、木々や生き物だけではありません。

この章では、そうした森の恵みという「見えにくい価値」について、あらためて検討します。


1. 大都市の住宅地に、奇跡的に残された里山

相生山緑地は、ただの「緑地公園」ではありません。

大都市の住宅地のただ中に、これほどまとまった規模の里山が残っている場所は、全国的に見ても決して多くありません。

名古屋市のように人口が集中した大都市では、開発の波の中で、こうした身近な自然の多くが姿を消してきました。

その中で相生山緑地は、ヒメボタルをはじめとする多様な生き物たちの生息地として、奇跡的に残されてきた場所です。

一度失われれば、同じものを取り戻すことはできません。

この「希少性」そのものが、まず何よりも大切にすべき価値だと思います。


2. 森が果たしている、多面的な機能

相生山緑地のもっとも自然が豊かな場所に道路を通すことは、この森が果たしている多面的な機能を損ないます。

多面的な機能の一部を挙げると、

  • 癒しの効果:木々のざわめき、土の匂い、鳥や虫の声など、自然の中で過ごす時間そのものが、日々の暮らしに欠かせない癒しを与えてくれます。
  • レクリエーション機能:散策やホタル観賞など、地域住民が日常的に自然と触れ合う場としての役割です。
  • ヒートアイランド緩和機能:森の蒸散作用は、周辺市街地の気温を和らげる働きを持っています。

これらは、経済学でいう「生態系サービス」と呼ばれる価値の一部です。

金銭的に見積もることは簡単ではありませんが、その価値の低下は、地域社会にとって決して小さくない経済的損失につながります。


3. 自然が心と体にもたらす、ウェルビーイング効果

緑豊かな公園や森林などの自然に触れることで、ストレスが和らぎ、心や体の調子が整うことは、近年の研究でも広く知られるようになってきました。

  • きれいな空気
  • 自然の静けさ
  • 豊かな生態系

これらは、お金では測ることのできない形で、私たちの日々の幸福(ウェルビーイング)を支えています。

相生山緑地のような身近な自然が失われるということは、こうした日常的な心身の健康への恩恵を手放すことを意味します。

4. 地域の誇り──シビックプライドの毀損

地域の宝であるヒメボタルの森が壊されることは、地域住民の「シビックプライド」にも、少なからぬ影響を及ぼすと考えられます。

シビックプライドとは、市民が自分の住むまちや地域に対して抱く「誇り」や「愛着」のことです。

単なるまち自慢や、従来型の郷土愛とは少し異なり、「このまちをより良い場所にするために、自分も関わっている」という強い当事者意識や自負心を意味する言葉です。

長年、地域の住民たちが見守り、保護活動に関わってきた相生山緑地とヒメボタルは、まさにこの地域のシビックプライドを支えてきた象徴的な存在だといえます。

その森が失われることは、単なる自然破壊にとどまらず、地域住民が積み重ねてきた「関わりの歴史」そのものを損なうことにもなります。


5. 次世代へつなぐ、環境教育と地域文化

相生山緑地は、地域で長年育まれてきた自然観察活動や、ヒメボタルの保護運動、子どもたちの自然体験の場としても、大切な役割を果たしてきました。

道路建設によってこの森が縮小・分断されれば、こうした活動の場そのものが失われていくことになります。

それは、今を生きる私たちだけの問題ではありません。

自然と共に生きる知恵や感性を、次の世代へどう手渡していくかという、地域文化の継承にも関わる問題です。


まとめ

ここまで挙げてきた5つの価値

  1. 森の希少性
  2. グリーンインフラとしての機能、
  3. ウェルビーイング効果
  4. シビックプライド
  5. 環境教育・地域文化

といったものは、いずれも交通量やB/Cのように、明確な数字で示すことが難しいものばかりです。

しかし、数字にしにくいということは、「重要ではない」ということを意味しません。

むしろ、こうした価値こそが、私たちが日々の暮らしの中で「この街に住んでいてよかった」と感じる、根っこの部分を支えているのではないでしょうか。

専門的なデータだけを重視する、という考え方は正しくありません。

「この森がなくなったら、何を失うことになるのか」という、一人ひとりの感性そのものが、この問題を考える上で欠かせない要素です。