名古屋市天白区の相生山緑地を横切る「弥富相生山線」道路計画。
2026年3月1日の住民説明会で、名古屋市は「入り込み対策は実施済みで、成果も出ている」と説明しました。
しかし、その内容を詳しく検討すると、いくつもの疑問が浮かび上がります。
現状:山根学区の入り込み対策とその効果
名古屋市は、「山根学区交通対策協議会」を立ち上げ、山根学区の入り込み対策を実施してきました。
具体的には、山根町・西入町・海老山町の一帯にゾーン30規制を実施し、一部箇所には物理的なスピード抑制策(ハンプ・狭窄)を設置しています。
ゾーン30規制とは、地域(ゾーン)一帯の最高速度を、時速30kmに一斉規制する仕組みです。
近年では、上記のハンプや狭さくなどの物理的デバイスを組み合わせた「ゾーン30プラス」が国交省と警察庁の連携で推進されています。
名古屋市による、2026年3月1日の説明会資料でも、次のように明記されています。
「山根学区の山根小学校周辺地域では、周辺の主要道路から通り抜けのために入り込む車両によって、お住まいの方々が危険を感じているという状況です。(中略)狭さくを設置したり交差点を目立たせたりと様々な安全対策を講じてきたところですが、通過車両の通過速度を抑える効果は出ているのですが、通過する車両の数についてはほぼ横ばいの状況が続いており、こちらも引き続きの課題となっております」
現状では、入り込み対策は一部機能している、といえます。
疑問点:入り込み車両はどこから?
ここで一つ疑問があります。
上記の名古屋市の説明文には、周辺の主要道路から通り抜けのために入り込む車両との記述があります。
しかし、島田・野並交差点の車線拡張工事が2021年前後に実施され、周辺の主要道路の「渋滞」がかなり解消されました。
ところが、「双子池前の交通量」のグラフを見ますと、車線拡張工事の前後で入り込み車両の数は変化がなく、横ばいです。
つまり、入り込み車両は、周辺の主要道路から入り込んでくる車両ではなく、地域住民の車両ではないか? と考えられます。
ということなら、入り込み車両を減らすには、地域住民の車の使用を減らすべき、となります。
対策は「十分」と言えるのか?
住宅地への車両入り込み対策は、交通工学では「交通静穏化(トラフィック・カーミング)」と呼びます。
交通静穏化の目標は、単に「速度を落とす」ことではありません。
生活道路を通り抜けるメリット自体をなくし、通過交通を「排除」することです。
この観点から見ると、「速度は下がったが台数は変わらない」という現状は、対策の初期段階が達成できたに過ぎず、本来の目的である「通過交通の排除」はまだ実現できていない、となります。
資料によれば、現状のハード面の対策は、当該エリア内で
- ハンプ設置が交差点1箇所
- 狭窄設置が5箇所
程度にとどまっています。
国土交通省が参照する『生活道路の交通安全対策推進マニュアル』などでは、物理的デバイスによる速度抑制効果をエリア全体で維持するには、40m程度以下の間隔での連続的な設置が望ましいとされています。
ごく一部の箇所にまばらに設置するだけでは、エリア全体としての「通り抜けにくさ」を作り出すには不十分です。
弥富相生山線ができれば、入り込み問題は解消するのか?
名古屋市の立場は、
- 弥富相生山線というバイパスができれば、周辺主要道路の渋滞が緩和
- 抜け道を使っていた車が「主要道路の方が早い」と判断し、本来のルートに戻る
- 住宅地への入り込みも減る
というものです。
しかし、結論から言えば、この予想は楽観的で根拠に乏しい、と言えます。
定量的データの不在
そもそも、「入り込みが減る」という定量的データがありません。
「弥富相生山線」ができることで、どこの生活道路から、何台の車が排除されるのか?
ゾーン間のOD交通量の変化など、具体的な予測データが提示されていません。
逆に「増える」シナリオも十分にあり得る
市の資料によれば、弥富相生山線を整備すると、接続する周辺交差点の交通容量比(V/C)は次のように変化すると予測されています。
| 交差点 | 整備なし | 整備あり |
|---|---|---|
| 昭和高校前交差点(A方向・朝8時) | 0.615 | 0.750 |
| 久方交差点(B方向・夕方18時) | 0.308 | 0.670 |
ここで重要なのが、交通容量比(V/C)が0.8〜1.0に近づくにつれて、住宅地への車両の流入率が急激に悪化する、という交通工学の知見です。
1. ピーク時に入り込み交通が発生する可能性
今回の予測値(0.75、0.67)はこの閾値の手前にとどまってはいますが、資料の数値はピーク1時間の平均値であり、その中でもさらに混雑する15〜20分だけを見れば、V/Cがより高くなっている可能性があります。
交差点が詰まれば、そこを迂回しようとする車が、周辺の生活道路へ新たな抜け道を探し始める、という現象が起きても不思議ではありません。
2. 入り込み交通のエリアが拡大
問題はそれだけではありません。
道路建設により、入り込み交通のエリアが、久方交差点や昭和高校前交差点の周辺部にまで拡大する、という負の影響もあります。
現状では、「ゾーン30規制」の対象エリアは山根町・西入町・海老山町のみでした。
しかし、道路建設によって、それ以外のエリアに対しても、「ゾーン30規制」などの交通規制を適用する必要も生じます。
3. 誘発需要の発生
さらに、次の2つの要因も、市の楽観的なシナリオを裏切る方向に働きます。
- 誘発需要:道路が便利になったことで、自動車利用そのものが増える(これまで公共交通や別ルートを使っていた人が車を使うようになる)可能性があり、住宅地への入り込み車両も増加しかねません。
- そもそも入り込み交通の予測自体が難しい:主要道路が混雑するかどうかの微妙な違いだけで、住宅地への流入台数が大きく変わり得ます。
参考:地元の市民や警察官の意見
「相生山緑地の道路建設に係る学術検証委員会」にて、地元の市民から意見が陳述されました。
その中に、次のような話が紹介されています。
警察に通り抜けのことを聞きに行ったら、警察は、 「道路ができても解消するわけないじゃん、ここはゾーン規制かけないことには、解決にはならんよ。道路ができたら、しかもCからバカスカ入ってくるがね。DやCなどもどんどんでてくるぞ」って。
道路新設により、逆に入り込み交通が「増える」のではないか?
これが地元住民の実感といえます。
名古屋市の説明は適切か?
以上を踏まえると、道路新設によって入り込み車両が「減る」とは言い切れない、というのが、データに基づくフェアな評価です。
市が「減る」と一方的に断定する根拠は、少なくとも公開資料からは十分に読み取れません。
よって、名古屋市の説明は不適切である、といえます。
道路担当者との会話
筆者は以前、名古屋市の道路担当者に、
「入り込み対策は十分に実施されていますか?」
と質問したところ、
「これ以上の対策は住民が不便になるので、対策できない」
との回答がありました。
今考えると、この回答は矛盾しています。
「入り込み対策」という施策そのものが「意図的に不便にすることで通過交通を減らす」ことを目的としているのですから、「不便になるからできない」という理由は、対策の目的そのものを否定してしまっていることになります。
実施すべき対策
弥富相生山線の建設の有無にかかわらず、生活道路の走行規制を強化する取り組みが必要だと考えられます。
具体的には、次のような対策が考えられます。
- ゾーン30の適用範囲の拡大:現在は山根町・西入町・海老山町のみだが、昭和高校前交差点から久方交差点までの沿線一帯に拡大する
- ゾーン30プラスの本格導入:ハンプ・狭窄を、ガイドラインが示す間隔(40m程度以下)に近づけて、面的に密度を上げて設置する
- スクールゾーンの時間帯進入禁止の強化:登下校時間帯の車両進入禁止規制の実効性を高める(監視カメラ等の活用も含め)
- 一方通行の見直し(パズル化):抜け道となっているルートの通行方向を入れ替え、ナビアプリの経路検索でも「遠回りになる」ように誘導する
まとめ
「弥富相生山線」ができれば、入り込み交通は減少するのか? という疑問に対しては、むしろ増加する可能性もあり得る、というのが中立的立場です。
入り込み問題が解消する、とはとても言えず、道路建設の目的としてこれを挙げることは、適切ではありません。
入り込み対策を行うなら、道路建設ではなく、上記のゾーン30プラスの本格導入など、意図的に不便にすることで通過交通を減らす方策が本筋といえます。