天白区の相生山緑地を横切る道路計画「弥富相生山線」の工事が再開されようとしています。

この道路が本当に「造る価値のある」インフラなのか、公共事業の基本に立ち返って考えてみたいと思います。

公共事業の妥当性を測る費用便益比(B/C)

道路のような公共インフラ投資が「作る価値があるかどうか」を判断するために、国が定めている共通の物差しがあります。

それが費用便益比(B/C:Benefit / Cost)です。

  • B(便益)>C(費用)= B/Cが1.0を超えるなら、その事業は経済的に見合っていると評価されます。
  • 逆にB/Cが1.0を下回るなら、「税金を投入するだけの見返りがない」ということになります。

一般的に使われる「費用対効果」と、だいたい同じような考え方です。

国土交通省の「費用便益分析マニュアル」に基づき、道路事業では新規採択の際にB/Cの算定が事実上必須とされています。

つまり、「造るべきか」を判断するための最も基本的な、そして本来もっとも分かりやすいはずの数字です。

しかし、名古屋市はこの数字を示していない

ここで大きな疑問が出てきます。

弥富相生山線について、最新のB/Cが公表されていないのです。

  • 総事業費の最新の見積もりも、非公表。
  • 資材費・人件費の高騰が続く中、当然再計算されているはずの数字が、見当たりません。

判明しているのは、工事が中断した2010年前後の見積もり「全体事業費約36億円」という古い数字のみです。

物価上昇を踏まえれば、現在の事業費はこれを上回っている可能性が高いのですが、その再算定値は公表されていません。

道路を「造る」という判断をするならば、その判断の一番の土台になるはずの数字を、市はなぜ示さないのでしょうか?


あえて、ざっくりとした「勘所」を計算してみる

正確な計算は、市が持っているはずの詳細データ(走行速度・所要時間の変化など)がなければ本来不可能です。

それでも、あえて大まかな「桁感」だけをつかむために、粗い試算をしてみます。

前提(国交省マニュアルの目安値を使用)

  • 車1台あたりの時間価値:概ね40円/分程度
  • 仮に、この道路整備によって「1台あたり平均1分程度」の時間短縮効果が生まれ、それが7,700台/日 × 365日 × 40年間続くと仮定

単純計算では

7,700台 × 40円 × 365日 × 40年 ≒ 約45億円

一見、事業費(36億円)を上回るようにも見えます。

しかし、これはまだ「見かけ上の数字」に過ぎません。


数字はさらに縮む

40年間を通してみると、貨幣価値や交通量が大きく変化します。

したがって、これらの変化を計算にいれる必要があります。

1. 割引計算

公共事業評価では、将来得られる便益を、そのまま合計してはいけないというルールがあります。

「40年後に得られる1万円」は、「今の1万円」より価値が低いとみなされ、年4%の割引率で現在価値に換算するのが標準です。

この割引計算を適用すると、単純合計45億円は、現在価値ベースで20億円台程度まで縮むと考えられます。

2. 交通量の減少

2021年3月30日懇談会資料(13ページ)によれば、

  • R7(2025年):7,700台/日
  • R17(2035年):7,300台/日

この10年間で「400台/日の減少=年あたり40台/日の減少(直線的)」というトレンドが読み取れます。

これを40年間にそのまま延長すると、40年目(2065年頃)の交通量は、

7,700 − 40×40 = 6,100台/日

まで減少する、という前提になります。

計算の結果は:

試算パターン 金額
① 交通量一定(7,700台)・割引なし(単純合計) 約45.0億円
② 交通量減少(7,700→6,100台)・割引なし 約40.2億円
③ 交通量一定(7,700台)・割引あり 約22.3億円
④ 交通量減少・割引あり(正しい計算) 約20.5億円

結論

修正後の正しい試算では、約20.5億円になります。

きちんと計算すると、単純合計の場合の半分以下の金額になってしまいます。


前提そのものが楽観的すぎる可能性

この時点で、すでに事業費(36億円)を下回っていますが、それでも、まだ前提が楽観的すぎます。

すなわち、下記の要素を勘案する必要があります:

  • そもそも、渋滞のボトルネックとされてきた野並・島田交差点は、既に渋滞対策が完了しており、現状は「せいぜい混雑」レベルにとどまっているとみられます。整備によって得られる時間短縮効果は、当初想定より小さいはずです。
  • 別の資料では、道路を整備すると、渋滞ポイントが久方・昭和高校前交差点など別の場所に移動することも予測されています。渋滞が「解消」するのではなく「移動」するだけなら、ネットワーク全体で見た正味の便益はさらに目減りします。
  • しかも久方・昭和高校前交差点は新設道路の出入り口に該当するため、時間短縮効果はさらに低減する可能性があります。

これらを総合すると、B/Cは1.0を下回っている可能性がきわめて高い、というのが正直な「勘所」です。

参考記事:「弥富相生山線」の時間短縮効果への疑問


環境コスト(外部不経済)を入れると、さらに厳しくなる

しかも、ここまでの計算に含まれているのは、「利用者便益」だけです。具体的には、

  • 走行時間短縮
  • 走行経費の減少
  • 交通事故の減少

の3つのみで、標準的なB/C計算は成り立っています。

一方で、この道路計画をめぐって指摘されてきた次のような環境コストは、B/C計算には一切含まれていません。

  • ヒメボタルをはじめとする生態系への影響
  • 緑地が持つ「自然資本」としての価値(教育・ウェルビーイング・地域アイデンティティなど)
  • 水循環の破壊、森林の乾燥化とその悪循環

これらは金額に換算するのが難しいために計算から除外されているだけで、「価値がない」ことを意味しません。

むしろ、これらの外部不経済を金額換算して差し引けば、B/Cはさらに1.0から遠ざかる可能性が高いといえます。

参考記事:公共事業で考えるべき環境コスト(外部不経済)とは


まとめと、市への提言

整理すると、次のようになります。

  • 単純計算では便益(B)は事業費(C)を上回るように見えるが、現在価値への割引、人口減少、ボトルネックの移動といった要因を考慮すると、B/Cは1.0を下回る可能性が高い
  • しかも、この計算には環境的な外部不経済がまったく含まれていない

ここから導かれる、経済学的にも筋の通った結論はこうです。

環境外部性が定量化・内部化されていない以上、公表されるB/Cが1.0をわずかに超える程度では、この事業が「本当に社会にとってプラス」であることの証明にはならない。生態系破壊・水循環破壊といった外部不経済を考慮してもなお社会的にプラスであることを示すには、相当な安全マージン(たとえばB/C2.0以上など)が本来必要になるはずである。

道路を造るという判断は、一度下せば取り返しがつきません。


名古屋市が提示すべき、最低限の数字

だからこそ、名古屋市には、大まかな数字でも構わないので、次の情報を示す必要があります。

  • 最新の事業費(総事業費)の再算定値
  • 最新のB/Cの算定結果
  • 野並・島田交差点をはじめとする周辺主要交差点の交通容量比(混雑度)の現状値

これらの数字が、「造るべきかどうか」を市民が判断するための、最低限の材料です。

これらを示さないまま工事だけが進んでいくとすれば、それこそが大きな問題となります。