なぜ現代都市は「水」を考えなければならないのか

近年、気候変動やヒートアイランド現象、都市型洪水、生物多様性の損失など、都市を取り巻く環境問題が深刻化しています。

これらは一見すると別々の問題に見えます。しかし近年の都市水文学やグリーンインフラ研究では、これらの多くが水環境という共通の基盤によって結びついていることが明らかになってきました。

同時に、都市計画の世界そのものにも、大きな考え方の転換が起きています。かつての都市計画や道路計画は、

  • 道路をどう作るか
  • 都市をどう拡張するか

が中心でした。しかし現在では、

  • その道路は本当に必要なのか
  • その土地の自然環境は維持できるのか

という問いが重視されるようになっています。

その背景にあるのが、まさに水環境を都市の基盤として捉える考え方です。

グリーンインフラとグレーインフラ

グリーンインフラとは、公園、緑地、水辺、都市林など「自然環境が持つ多様な機能」を社会インフラとして活用したものです。

反対に、コンクリートや金属などの人工物を用いて道路、堤防、下水道などの社会基盤をグレーインフラと呼びます。

都市の問題は水の問題でもある

都市では道路や建物などの舗装面が増えることで(グレーインフラ化)、降った雨が地中へ浸透しにくくなります。

本来、自然の森林や草地では、

  • 雨水が地中へ浸透する
  • 地下水として蓄えられる
  • ゆっくり河川へ流れる
  • 植物が吸い上げ蒸発散する

という循環が生じます。しかし都市化が進むと、

  • 浸透が減る
  • 流出が増える
  • 地下水が減る

という変化が起こります。都市の水環境を研究する都市水文学では、この変化を

「浸透・貯留主導型システム」から「流出主導型システム」への転換

として理解します。

都市計画は何を優先すべきか

都市には様々な価値が存在します。

  • 交通利便性
  • 経済活性化
  • 防災
  • 景観
  • 生態系保全

これらはどれも重要です。

では、どのように優先順位をつければ良いでしょうか?

都市システム論という学問では、これらの要素を階層構造に分けて分類しています。

  • ① 基盤層(水環境・土壌・地形)
  • ② 構造層(道路・建物・土地利用)
  • ③ 機能層(交通・防災・経済)
  • ④ 価値層(快適性・文化・QOL)

① 基盤層

水循環、地下水、土壌、地形、気候、生態系

② 構造層

道路、鉄道、建築物、土地利用

③ 機能層

交通利便性、経済活動、防災機能、都市サービス

④ 価値層

快適性、景観、教育、文化、QOL(生活の質)

この階層構造で重要なのは、

上位層は下位層の上に成立している

ということです。

交通利便性は重要ですが、水環境が破綻すれば都市そのものが持続できなくなる、ということを意味します。

洪水対策も、ヒートアイランド対策も、生物多様性保全も、都市景観も、最終的には水循環の状態に大きく依存している、ということが、この層構造を見れば一目瞭然です。

なぜ水環境が重要なのか

都市の水環境は、

  • 洪水対策
  • 地下水涵養
  • ヒートアイランド緩和
  • 生物多様性保全

を支えています。さらに近年は、

  • カーボンニュートラル
  • ネイチャーポジティブ
  • レジリエンス

といった政策目標とも密接に関係しています。

つまり水環境は、単なる「環境問題」ではなく、都市を支える基盤インフラといえます。


「乾燥化が乾燥化を呼ぶ」──悪循環のメカニズム

近年の生態学や都市水文学では、環境変化は単純ではなく、フィードバックを持つことが知られています。フィードバックとは、いわゆる「悪循環」「好循環」のことです。

例えば、都市のグレーインフラ化が進むと、

  • 流出量が増える
  • 土壌が乾燥する
  • 樹木が弱る
  • 蒸発散が減る
  • 気温が上昇する
  • さらに乾燥する

という「悪循環」が発生します。

システム論という学問では、この「乾燥化が乾燥化を呼ぶ悪循環」を、自己強化型プロセスとかフィードバックループなどと表現します。

これからの都市計画に必要なもの

水環境が都市を支える基盤インフラであるならば、都市計画のあり方も変化します。すなわち、

  • 「道路をどう作るか」「都市をどう拡張するか」

という問いの前に、

  • 「その道路は本当に必要なのか」「その土地の自然環境は維持できるのか」

という問いを行う必要があります。

従来型の環境アセスメントの限界

日本の環境アセスメントは、

  1. 現況調査
  2. 影響予測
  3. 影響評価
  4. 対策検討

という流れで行われます。

しかし多くの場合、計画がかなり固まった後に実施されます。

例えば道路計画なら、「道路を作ること」は既に前提になっています。

そのため、ルート変更や対策の検討はできても、そもそも道路が必要なのかという問いが扱えない、という大きな欠陥があります。

SEA(戦略的環境アセスメント)とは何か

そこで登場したのが、SEA(Strategic Environmental Assessment)です。

日本語では戦略的環境アセスメントと呼ばれます。

通常の環境アセスメントが「どう作るか」を考えるのに対し、SEAは「そもそも作るべきか」を考えます。例えば、

  • 案A:道路を建設する
  • 案B:公共交通を強化する
  • 案C:現状維持
  • 案D:別ルートを選択する

といった複数案を比較します。ここが従来アセスとの最大の違いです。

SEAが重視するもの

さらにSEAでは、単なる工事影響だけでなく、

  • 流域全体
  • 長期的な水循環
  • 都市の将来像

までも評価します。例えば、道路建設によって

  • 流出率が上昇する
  • 地下水涵養が減少する
  • 生態系が分断される

と予測される場合、その影響は数十年単位で続く可能性があります。

一方、交通利便性の向上は、代替手段で実現できる可能性があります。つまり、回復が困難な基盤層を優先して守るという考え方が生まれます。

環境はコストではなく資産

従来の都市開発では、「環境保全か経済発展か」という対立構図で議論されてきました。

しかし近年注目を集めている環境経済学では、

  • 地下水涵養
  • 洪水防止
  • 気候調整
  • レクリエーション

などの機能を「生態系サービス」として評価します。

つまり、環境は単なる制約ではなく、都市を支える資産(自然資本)として捉え直します。

ここで重要になるのが、外部不経済という概念です。例えば道路建設によって、

  • 洪水リスク増加
  • ヒートアイランド悪化
  • 地下水減少
  • 生態系損失

が発生したとしても、それらは事業費に含まれないことが多いですが、実際には、将来の市民が負担するコストです。

環境経済学という学問では、これらを環境コストとして評価し、意思決定に組み込むべきだと考えます。

グリーンインフラという新しい考え方

こうした問題への対策として注目されているのが、自然の持つ機能を都市インフラとして活用するグリーンインフラです。

近年の都市政策では、「道路か自然か」という二者択一ではなく、自然をインフラとして活用するという考え方が広がっています。

例えば、

  • 森林
  • 湿地
  • 公園
  • 雨庭
  • 浸透施設

などを活用し、

  • 洪水緩和
  • ヒートアイランド対策
  • 生物多様性保全
  • 景観形成

を同時に実現しようとします。

現代の都市計画では、水環境を保全することが、防災や経済合理性にもつながると考えられています。

相生山緑地から学べること

相生山緑地をめぐる議論は、「道路か自然か」という単純な対立だけではなく、本質的には、都市が将来どのような水循環システムを持つべきか、という問いでもあります。

近年の都市水文学やグリーンインフラ論から見れば、水環境は都市の基盤層であり、交通利便性などの機能層よりも長期的に重要な要素です。

もちろん、利便性を無視すべきではないですが、失われた道路は作り直せます。

しかし失われた地下水系や生態系は簡単には戻らない、という非対称性があります。

だからこそ、現代の都市計画では、まず水環境を守り、その上で都市機能を設計する、という発想が求められています。

まとめ

現代の都市計画では、水環境は単なる環境問題ではなく、都市そのものを支える基盤として位置づけられています。

都市の未来を考えるうえで重要なのは、道路をどこに作るかではなく、

その土地の水循環をどう維持するか

という視点です。都市を守ることは、まず水を守ることから始まります。

21世紀の都市計画は、「どれだけ開発するか」ではなく、「どのような水循環を未来へ残すか」を問う時代に入っています。

都市の持続可能性を支えるのは、見えやすい道路や建物だけではありません。

その下にある、見えにくい水環境こそが重要と言えます。

名古屋市の取り組み

名古屋市でも、2000年代以降、「水の環復活プラン」を掲げ、水循環の健全化を重要な都市政策として位置づけています。

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