2010年3月2日に開催された第2回「相生山緑地の道路建設に係る学術検証委員会」にて、11名の市民から意見が陳述されました。

このページでは、木村氏の意見陳述を抜粋して紹介いたします。


木村氏の意見陳述

春日井から来た木村です。相生山には20数年住み、区政協力委員会や自治会役員をしながら、子育てをしました。

相生山の自然には、子供共々ありがとうと感謝の気持ちで一杯です。

資料はそういう私がつくった左側は意見、右はその根拠を註にしました。

市長は2件の検証を委員会に委嘱しましたが、その前にこの問題の経緯に対する検証が必要だと考えて問題点をあげました。

まず第一に道路の都市計画決定は今から53年前、社会の変化は大きくそのスピードは速いのに、この道路が時代にあったものなのかどうかという検証は行われていません。

私たちの再三の要求を無視したまま、工事が始まったのです。

註4もご覧ください。

2番目は環境に配慮した道づくり専門家会と施工ワーキングのことです。

反対運動に対応するために、この2つはつくられました。

「お前らのせいで金がかかってしかたがない」

とまで私たちは市の職員から言われました。

専門家会の提言は名古屋市の意向にそったもので、非科学的、非検証的、非学術的な主観的なものでした。

専門家の良識と専門性で調査をする事を願ったのですが、専門家会は自然破壊に手を貸しました。

施工ワーキングに参加できたのは、施工業者、道路に賛同する市民、そして行政。

反対の市民は参加できないもので、市民参加のアリバイづくりのための会です。 本来ならこういうものは、立案段階からやるべきことであったと思います。

3つ目は、都市計画審議会で決定の根拠とされた住民の80%が道路に賛成という、まやかしの数字のことです。

詳しく、註10に書いてありますので、ご覧ください。

集めた反対署名は1万人以上、しかしこれに対抗しての署名は、区政協力委員長の名前で、回覧で集められました。

そして、3学区の住民を1万人のなかからピックアップしたのが、1900人。

これが、賛成80%の根拠とされました。

しかし、相生山緑地は全市的な観点から計画されたものであり、3学区以外の住民の署名を無視することはできません。

それから、各局の整合性について、2つだけ言いますが、一つは東山のもりづくり、西のもりづくり、これが行われています。

しかし、もりづくりを行う部局と今ある森を破壊する部局が有ると言うことだと思います。

名古屋開府400年で埋蔵金探しが全市的に行われていますが、名古屋城のお堀のヒメボタルが埋蔵金の例としてあげられています。

お城のお姫様と野並村のお姫様、相生山のヒメボタルが差別されてかわいそうだと思います。

COP10がありますが、里山保全は国の重点課題、相生山もまた里山、世界の人々に勇気をもって自然を守ったと相生山を見せたいものだと思っております。


添付資料

第2回相生山緑地の道路建設に係わる学術検証委員会における公聴のための意見書

山下委員長の「地域に密着して考えている市民などに公聴で意見を聞きたい」との発言が「道路 建設の影響について独自の調査をしている等、 学術的な根拠・意見」の募集になったが、

  1. 「学術的な根拠・意見」の定義がなかった
  2. それが委員会から求められたことなのか
  3. 一般市民に求めるべきことなのか

という3つの疑問を持った。

山下委員長は、「科学は中立で根拠を提供すること」との定義をしたが、それに勇気を得て、根拠を示しつつ意見を述べたい。

しかし、市民が自らの意見を述べる場合には、自然科学とは異なり、中立であることは出来ない。

道路建設反対の立場での意見を述べるが、根拠は註として右ページに示した。

「相生山の自然を守る会」(以後「守る会」とする) *註が名古屋市に対して、繰り返し公開質問状や要望書を提出してきたのは、道路建設の必要性の根拠と自然破壊への危惧であった。

名古屋市の回答は毎回、

  • 「渋滞解消」
  • 「生活道路への入り込み防止」
  • 「自然に配慮した道路建設」

であったが、これは道路の必要性の根拠ではない。

50年前の都市計画の事業実施を正当化するための言い訳のようなものであった*註2。

  • 「経緯抜きにしては審議ができない」(山下2010)
  • 「計画の立て方、手続きは合理的だったのか」 (秀島 2010) *註3

という発言の通り、市長が委嘱した検証のためには、行政上の手続きや経緯の検証がまず必要であると考える。

名古屋市が行ってきたのは、法律的手続きを形式的に行うものであり、社会の現状と市民の生活への検証がなかった。

それ故に、10年にわたる反対運動が続いているのである。

反対運動は私有財産に関わるものではなく、自然という市民の共有破壊への抗議とそれを行政が行うことへの怒りである。

経緯における問題点のうち、以下の3点について意見を述べる。

添付資料 1.

道路の必要性についての検証が行われなかった。

1957年に相生山緑地は都市計画決定されたが、「当時は建設大臣に決定権があり、地元説明会や意見の縦覧などは行われなかった」(大山邦雄元名古屋市緑政農地局長 1994) *註4。

この都市計画決定についての検証は、1993年の事業認可以来現在まで一度も行われていない。

都市計画は100年先をも考えなければならないが、現代における社会や自然の状況の変化は早く、大きい。

特に天白区の南側の地域は市街地として大きな変化をとげている。

「何故、1957年の計画が突然浮上し、工事へと至ったのかの経緯、その計画が時代に必要なものであったのかの根拠」を問う、繰り返しての「守る会」による質問状への回答は、 根拠のない説明に過ぎなかった。 *註5


註1.

「相生山の自然を守る会」は道路建設が自然を破壊することに反対する目的で2000年4月に結成、以来、相生山の道路建設に反対の活動を続けている任意の団体である。詳しくはホームージを参照。

註2.

名古屋市への要望、質問状、抗議などは上記のホームページ参照、または「守る会」に保存。

註3.

第一回相生山緑地の道路建設に係わる学術検証委員会での発言の木村のメモによる。

足立「審議については与えられた委員会の仕事は歴史的に重みのあることなので、経緯をまずお聞きしたい。これを抜きにしては審議はできません」

秀島「計画の立て方、手続き的に合理的に進められて来ているか

  1. 決定していて、ことが進んでいることを見直すことが手続き的にいいのかどうか
  2. 今までの決定のさせ方が良かったのかどうか。どのように計画決定されたか

の資料がない」

註4.

大山邦雄(元名古屋市農政緑地局長)「おーい、天白公園一人と自然の共生都市空間」天白公園を作る会編著 1994.4.10

「当時の(1959年)の都市計画は建設大臣に決定権があり、今日行われている地元説明会や案の縦覧などの手続きは一切行われず、大臣が計画を決定すると、そのことを官報で一方的に告示するだけで、今日振り返ると、随分乱暴な手続きであった」

註5.

名古屋市よりの回答は「守る会」のホームページ参照、または「守る会」が保存。


添付資料 2.

  • 「環境に配慮した道づくり専門家会」(2001、以後「専門家会」とする)、
  • 「環境に配慮した道づくり施工ワーキング」 (2003、以後「施工ワーキング」とする)

が作られたが、これらは反対運動に対応して作られたものである。

天白区役所で行われた「環境に配慮した道作り説明会」(2002.11.29)において、会の終了後、「守る会」の会員に対して、「お前らのせいで金がかかってしょうがない」と発言した職員がいた。

その職員に、「反対運動が起きたから専門家会や施工ワーキングを作ったのです か」という質問をしたところ、元担当者は「当たり前だ」(2009.9.26) と答えている*註6。

このように、二つの会は共に道路建設を前提としたものである。

施エワーキングの参加条件の一つは、「道路建設に賛同する」ことであり、中立の立場の者や建設に反対する者は始めから省かれていた。

許された参加者は、施工業者、賛同する市民、行政であり、道路の環境への影響を根本的に考える場ではなかった。*註7

市民との協働で、立案時から道路の必要性を検証するのが本来の市民参加であると考えるのであるが、施工ワーキングは市民参加を謳ったアリバイ工作に過ぎなかったということができる。

「専門家会」も同様、道路建設を前提としたものであり、第一回の会議において、委員から出された疑問はその後の審議で「環境に配慮した道路がつくられる」という結論へと導かれている。*註8

「守る会」は「専門家会」の最終結論の撤回を求めた。*註9

本来、「専門家会」による「科学的・学術的」な事業の検証こそが最初に必要であったと考える。


註6.

2009年9月26日の「対話集会」の後、木村との会話。
直後に会話をメモに残してある。

註7.

チラシ「環境に配慮した道づくり」
施エワーキング市民参加募集! 募集締め切りは6月20日。

註8.

「環境に配慮した道づくり専門家会提言書」は、林進、大竹勝、岡村譲、藤田素弘の4インスペクターにより2003年3月11日に提出された。
名古屋市公式ホームページ参照。

この専門家会の問題点は、

  1. 道路建設が前提である事。
  2. 町づくりの視点が欠如していること
  3. 環境への配慮が問題の指摘のみにおわっていること。
  4. ヒメボタルに対する道路の影響についての配慮が不十分なこと。
  5. 野並地区の洪水に対する対策が十分になされていないこと

の5点を「守る会」は指摘している。

註9.

「守る会」は、2003年3月20日、インスペクターに対して、

「環境に配慮した専門家会として非科学的・主観的提案書である答申に対する抗議と撤回の要請」を提出した。

  1. ヒメボタルの影響を低減する根拠が非科学的であり、客観性がない。
  2. 人工林を緩衝帯とすることについて有効性が示されていない。
  3. 道路建設に際しての予備工事について、なんらの言及もない。
  4. 住民意見を無視した舗道についての答申について、名古屋市ではなく専門家会が住民の意見の集約をするのは何故か。また、それは11月29日のアンケート結果を反映していない。
  5. オオタカについて、「繁殖期に騒音を出さない」という答申では保護できない。

この5点の指摘に加え、ヒメボタルの発光場所に対する事実誤認や地元意見の歪曲に抗議した上で、「専門家会は名古屋市の意向とは関係なく、専門家としての専門性と良識に基づいた提言書を答申できるように、生態調査など早急に調査・作業を始めること」を要請し、同時に同様の趣旨の公開 質問状を松原市長あてに送っている。

詳しくは、「守る会」のホームページ参照。


添付資料 3.

「道路建設促進の署名」(2000年提出)を拠り所として「地元三学区の約8割が道路促進」という説明が都市計画審議会(2004.1.20)で行われた。

「守る会」は10,326人の道路建設反対の署名を集めて市に提出したが、その後、「渋滞解消と生活道路への入り込み防止のために道路建設をしてほしい」という 6,832人の署名が野並、相生、山根の3学区の区政協力委員長及び「天白を住みよくする会」会長の名前で名古屋市に提出された。

「80%が建設促進」であるという数字は、「それぞれの署名から3学区の住人をピックアップした」ものである。

元々性質が異なる二つの署名を足した数を母数として、反対・賛成の割合を出すのは、科学的ではない *註10

「建設促進」の署名は、区政協力委員長の名前により、回覧板を回して集められたものである。

区政協力委員会は、名古屋市区政協力委員会規則により定められている「準公務員」的な職務を持ち、 *註11 公的・中立の組織である。

「道路建設には反対で署名をしたが、回覧板が回ってきたので、近所の手前、回覧板の署名をしてしまった」という人もかなりいた。

相生山緑地は天白町が名古屋市に合併する以前に全市的な観点から計画されたものである(大山 1994) *註12。

つまり相生山緑地は天白公園や荒池公園とは性質の異なる公園予定地であったのであり、3学区を地元とし、作為的に虚偽の賛成パーセントを割り出して「地元住民が賛成しているから道路を建設に着手して良い」という考え方には何の根拠もない。

「守る会」は「緑地は市民全体のものである」という考え方で、広く署名を集めたが、3学区以外の区民、市民の署名は無視されている。

また、市営御前場荘は、自治会として道路反対を決議しているが、その住民の数も同様である。 *註13

以上、法規に従った経緯であるという名古屋市の説明の内実を述べた。

河村市長は2月15日及び22日の定例記者会見で、平針の里山買収について、

「里山保全はCOP10における国の最重要課題である。開催地の名古屋で里山が守れないのは世界に対して申し訳ない」と語っている *註14。

相生山もまた里山である。

COP10開催に際して、緑地を突っ切る道路を見て、世界は環境都市名古屋の実態を知ることになるだろう。

平針の里山は民有地であるのに対して、 相生山緑地の道路予定地は市有地であることを付け加えておきたい。

道路建設による自然・生活環境へのマイナスの影響とそれに伴う費用と自然を保全することによるプラスの効果と費用を考えあわせる必要がある。

「交通局、土木局と環境局のすりあわせがどうなっていたか」を聞きたいとの寺井委員の発言があったが、各局の施策の整合性がないのは大きな問題である。

以下にその例を挙げる。

1.

名古屋市は「東山の森」や「西の森」づくりを行いつつ、「相生の森」を破壊しているが、これは 東京都における愚挙、「南山の森」を破壊し、「海の森」を作ることにも匹敵する。 *註15

2.

「名古屋市森づくり ふるさとづくり基本構想」が広報名古屋で発表されたが(2003年10月号)、「なごやかふるさと・荒池なごやかファーム構想」として「ホタルの舞う里山づくり」を目指すのだという。

同じ天白区内の相生山緑地では、わざわざヒメボタルの生息地を破壊して、一方で平家ボタルの里を作るという矛盾を平気で行政が行っているのである。

3.

名古屋市開府400年に際して、名古屋市はゼネラルプロデューサーとして荒俣宏を起用して、「埋蔵金探し」を全市的に行っていて、「お城の濠にいるヒメボタル」が「埋蔵金」の例として挙げられ ている。 *註16。

名古屋城のヒメボタルは「埋蔵金」であり、相生山のヒメボタルは生息が可能かどうかという危機にあるが、この差別の根拠は何なのだろうか。

今、地球上の生物の危機が心配されている。

そのような時代、旧来の行政の考え方、やり方を脱 して、地球規模で物事を考えていくことが求められている。

行政だけでなく、市民や学者との協働作 業が行われることが、稔りのある結果のためには必要であろう。

COP10で集まる世界の人々に自然を守った名古屋市の姿を見てほしいと願うものである。


註10.

野並、相生、山根の3小学区の「区政協力委員長」と「天白を住みよくする会」会長名で回覧板を用いて署名が集められたが、「守る会」の署名提出の後に提出が行われている。

2009年8月に河村市長にあてた「道路建設の即時凍結」を求めた要望書より、
”「地元三学区の約8割が道路促進」とした名古屋市の作為的データに基づく道路建設について”
を以下に抜粋する。

今まで名古屋市が道路建設の拠り所としていた「地元の意見」とは、2000年に市に提出された「道路建設促進の署名」を指しているようです。

これは、2004年の1月26日に行われた 「都市計画審議会」の議事録に明確に記載されています。

委員;・・・地元がどのくらい建設促進で、どのくらい建設反対なのか。数がわかればお聞きか せいただきたい。
幹事・・・ 平成12年9月に、先ほどの建設中止と促進の要望書をそれぞれ1万名とて千名の署名つきでいただいています。

この署名者のうち地元住民である山根、相生、野並の三学区の方をピックアップいたしますと、建設中止の方の署名は1,900 名でございますが、建設促進の方の署名は6,700名となっております。

この数字で見る限り、地元三学区の皆さんにつきましては、約8割の方が早期整備を望んでおられると考えております。

しかし、当時 名古屋市に問い合わせた資料によりますと、地元三学区の総人口は、24,378名(相生4,125名、山根8,844名、野並 11,409名)であり、促進署名数は6,832名(相生1,075名、2,907名、2,850名)ですので、その割合は、28%となります。

あたかも地元の意向が道路促進であるかのような「都市計画審議会」における名古屋市の説明は決を取るときの委員たちの発言に影響を及ぼしています。

委員;・・・基本的な決定態度としては、要求の態度に鑑みて決定を下すということになるかと思います。

委員 ; いま、委員のほうから、地元の意見はどうかというお尋ねがありました。7~8割の方々が早期整備を望んでいるとのことですね。...

このように作為的に数字を操作した「八割発言」に基づいて行われた「都市計画審議会」の決定は、不当であると私たちは考えます。

註10.

後房雄(名古屋大学大学院法学研究科教授) 「七つ寺SD通信プラス」 2009.9月

註11.

註4と同じ出所
「1955年に旧天白町が名古屋市に合併された時点では、天白には東山公園南部地区と牧野ヶ池緑地の一部、および相生山緑地の3ヵ所に、公園緑地の計画が立てられていた。これらの公園計画は、いずれも全市的な観点から計画されたもので、天白地区に住む人々の利用を考えた公園計画(地区公園・近隣公園などの住区基幹公園や児童公園)は、別途に計画する事が必要であった。

12.

「御前場自治会ニュース・ごぜんば No.513 2004.1.17

13.

名古屋市公式ホームページ参照

14.

To Governor Shintaro Ishihara / Members of Tokyo 2016 Bid Commitee:
Paul Coleman (Ambassador of the Culture of Peace Initiative (CPI), a United Nations-designate Peace Messenger Initiative)

ジブリ高畑勲監督が「オオタカが舞う」 多摩丘陵・最大級の里山「破壊」を痛烈批判!

東京 映画『平成狸合戦ぽんぽこ」の舞台“消滅”の愚行 <2009年6月5日号「フライデー」

15.

名古屋市公式ホームページ参照


木村氏の意見のポイント

添付資料には、道路建設に対して、名古屋市の行政当局が「なりふりかまわず」といっても過言ではないくらい前のめりな姿勢であったことが記録されています。

「80%が賛成」という主張も、「ずさん」の一言です。

また名古屋市が立ち上げた「環境に配慮した道づくり専門家会」の不備も、八田氏の意見陳情でも指摘されているところです。

そもそもの問題の起点である1957年の道路計画自体の是非を問う声は、学術検証委員会でも指摘されていますが、名古屋市からは説明はありません。

何か異常な力学で動いているように思えます。