第2回「相生山緑地の道路建設に係る学術検証委員会」議事録 要約
- 日時: 2010年(平成22年)3月2日 午前10時〜12時
- 会場: 名古屋市役所 正庁
- 参加: 委員9名(全員出席)、武田オブザーバー委員、公述人11名、傍聴14名
- 報道: 5社(中京テレビ、名古屋テレビ、建通新聞、読売新聞、中日新聞)、フリージャーナリスト1名
資料
第2回の位置づけと進め方
冒頭、委員長は本日の目標を次のように示しました。
専門的な立場で課題がどこにあるのか、その課題を解決するにはどういう方法論があるのか、その答えを出す上では、何が足りないのか、何が十分なのか。その辺りのところを整理して、検証するための一歩にしたい(山下委員長)
第2回委員会の流れ
- 各委員が約5分ずつ、第1回からの「宿題」として持ち帰った問題意識を発表
- その後30分間の自由討議
- 最後に市民11名の意見陳述
という構成で進行しました。
各委員の問題提起(専門分野別)
交通分野
林副委員長は、欧州の交通計画における
- Avoid(回避)
- Shift(転換)
- Improve(改善)
の3段階フレームワーク(ASI)を改めて提示し、前提条件そのものが古いという具体的な問題を指摘しました。
桜通線が徳重まで延伸されますので、それを前提とした交通の需要推計をやり直す必要がある(林副委員長)
さらに討議部分では、専門家の間では常識となっている誘発交通という現象を明確に説明しています。
誘発交通というのは、道路を造ってしばらくは周りの交通が減りますが、道路が空くと車に乗りたくなり…かなりの場合、元の黙阿弥になってしまう(林副委員長)
秀島委員は、計画決定プロセスの合理性そのものを論点に据えました。
通過交通者はなかなか発言者として出てきません…通過交通者も含めた利害関係者の意見というのが反映されているか(秀島委員)
道路を造る、道路を建設するということが前提となっていますけれども、造らなければどういう状態になるのか。これを比較していたのかということを確認したい(秀島委員)
松本委員は、需要予測の技術的な不備を3点に整理しました。
- ①使用データが古い(平成8年データ)
- ②道路を整備しない場合の予測(ゼロ・オプション)が実施されていない
- ③抜け道交通や夕方ピークの把握が不十分
の3点です。
加藤委員は、戦略的環境アセスメント(SEA)の不在を指摘したうえで、自らのスタンスを明言しました。
戦略環境アセスメントといわれる、より良い環境をつくっていくためには、道路を造るのにこだわるのではなく、いろんな代替案を考えて、その中から一番いいものを選んでいくということをやらないといけない(加藤委員)
私のスタンスは、「なるべくならこの道路を造らなくて済む方が良い」という立場から出発して考えていきたい(加藤委員)
水循環分野
寺井委員は、水循環への影響評価が決定的に不足していることを、名古屋市自身の政策と対比させて指摘しました。
名古屋市は「水の環復活2050なごや戦略」…2050年までには直接流出を36%まで減らすという具体的に目標を掲げている。ここに森を切って道路を開いたらどうなるのかということをきちんと出す必要がある(寺井委員)
既存データの問題点についても、極めて率直な評価を下しています。
今まであるデータは、とても学術的とは言えません。学生の卒論にも劣るぐらいのデータしか集まっていません(寺井委員)
生態系分野
大場委員(ホタル専門)は、現行の成虫調査の方法論的な妥当性に疑問を呈しました。
地形によって発生時期というのは違う…これまでに市で行っていただいております成虫調査が本当に妥当性があるのか(大場委員)
増田委員(植物)は、「保全」の方針自体が定まっていない状態で議論が先行している点を指摘しています。
道路を建設する前、道路を建設したら建設したでヒメボタルをどうしたらよいか…そうではなくて、市民の方が相生山をどういう風に活用していくかという話を一回出さないと(増田委員)
足立委員(地質)は、地質・地形と生物分布の関連を解明する必要性を述べ、相生山以外の類似地域(名古屋大学・平和公園など)との比較研究を提案しました。
討議で浮かび上がった本質的論点
論点①:「クオリティ・オブ・ライフ」という評価軸
林副委員長は、20世紀の所得向上局面とは異なる現代において、道路整備が真に住民の生活の質を高めるのかを問い直すべきだと主張しました。
我々の世代だけではなく、次の世代が何を考えるかという視点から、今回の道路を造ることによるクオリティー・オブ・ライフに対するメリットとデメリットを(林副委員長)
論点②:学術と政治の切り分け
武田オブザーバー委員は、本委員会の存在意義そのものについて、踏み込んだ発言を行いました。
なぜ学問かというと…学問は非常に珍しい活動でありまして、誰が見ても正しいということを積み上げていく作業です。…どこまで我々はわかっているのか、どこまでは確定的に言えるのか、あとは趣味の問題ですというか、政治的な問題なのです。そこのところを区分けしたい(武田オブザーバー委員)
また、行政の構造的な問題にも言及しています。
道路建設課というのは、道路を建設することが市民から受託した任務でありますので、どうしても建設したいと思っている。…本当は緑地課と建設課が共同で進めるべきです(武田オブザーバー委員)
論点③:委員会の「結論」とは何か
加藤委員と松本委員から、本委員会の役割の限界について重要な確認がなされました。
造るべき、造らないべきということではなく、この道路を造るか造らないかによって、どういう問題が起こるのか、あるいはどういう改善が見込まれるかということを学術的に検証するという意味での結論(加藤委員)
この場は多分そういう意見を言う場ではなく、要は価値判断を抜きにして、こうなったらこうなる、という事実だけを出す場なのかと私は思っています(松本委員)
これに対し山下委員長は、委員会の立場を次のように総括しています。
我々が、この相生山の道路に対してこんな目的で造りなさいと言うような次元ではないと思います。だけど、共有財産として、我々も科学というか学術の立場から見た時に、そこはどう考えるか、と言うことはできる。少なくとも行政とは全く独立した考えで(山下委員長)
論点④:林副委員長によるまとめ(次回への方向性)
会議終盤、林副委員長が議論を整理し、評価すべき範囲を「経済的損益だけでなく、ヒメボタルの存在や、空間的に離れた場所への影響も含めたダメージコスト」とする方針を提示しました。
さらに「短期で整理できること」と「中長期的調査が必要なこと」を区分する進め方が合意されています。
公述人による意見陳述(11名・要旨)
| # | 発言者 | 要旨 |
|---|---|---|
| ① | 八田氏 | ヒメボタルの幼虫調査が、道路ルート変更後に行われたものであるにもかかわらず、変更前の調査であるかのように説明された疑義を指摘。 |
| ② | 伊藤氏(相生山緑地の会) | 独自の意識調査で、約70%が自然環境保全を優先すべきと回答したことを報告。 |
| ③ | 小川氏 | 道路ができても通り抜け交通は解消せず、ゾーン規制の方が有効であると、警察への聞き取りをもとに主張。 |
| ④ | 高岡氏(エコミュージアムあいち) | 独自調査データをもとに、道路予定地が生態系の「コア」にあたり、ヒメボタル個体群の分断・絶滅リスクを高めると指摘。 |
| ⑤ | 藤井氏 | 高齢化が進む地域住民として、道路よりも地下鉄・バス網の整備を求める意見を陳述。 |
| ⑥ | 木村氏 | 「住民の80%が賛成」という数字が、一部地域のみの偏ったサンプルに基づくものであると、その算出根拠を批判。 |
| ⑦ | 古川氏(ラブリーアースJapan) | 道路一本の建設では渋滞は解消されず、下流側に渋滞が移動するだけだと、シミュレーションをもとに指摘。 |
| ⑧ | 福井氏 | この10年の経緯を時系列で整理し、計画の見直しを可能にする法整備と、市民参加の仕組みづくりの必要性を訴えた。 |
| ⑨ | 近藤氏(相生山の自然を守る会) | 渋滞のボトルネックは天白川を渡る橋であり、当該道路の建設では根本的な解決にならないと指摘。人口減少を踏まえた長期的視点も要望。 |
| ⑩ | 野田氏 | 10年間の観察活動を通じて、工事による生態系への影響を実感として報告し、住民の心情も検証に含めてほしいと訴えた。 |
| ⑪ | 近藤氏(相生山緑地自然観察会) | 絶滅危惧種「ヨタカ」の生息状況を、レッドデータブックの記録とともに報告し、COP10開催都市としての対応を求めた。 |
まとめ:6つの問題点との対応関係
第2回は、第1回で示された専門家の問題意識が、より具体的な技術的論点として深掘りされた回だといえます。
特に、
- 誘発交通
- SEAの不在
- 水循環評価の欠如
という3つの論点は、当サイトの「6つの問題点」の記述と同水準まで明確化されています。
| 現行の6つの問題点 | 第2回での対応する発言 |
|---|---|
| ① 時代遅れの計画・SEA未導入 | 加藤委員:戦略的環境アセスメントの不在、代替案検討の必要性 |
| ② 不誠実な住民合意形成 | 公述人⑥木村氏:「賛成80%」の算出根拠への疑義(市民側からの具体的反証) |
| ③ 科学的根拠を欠いた道路建設効果 | 林副委員長:誘発交通の明確な説明/松本委員:ゼロ・オプション未検討の指摘 |
| ④ 生態系へのダメージ | 公述人④高岡氏:コア・バッファ概念を用いた独自の生態系分析(行政データとの対比) |
| ⑤ 水循環の破壊 | 寺井委員:「水の環復活2050なごや戦略」との不整合、既存データの低い学術水準への批判 |
| ⑥ 財政・公共事業としての不適格性 | 公述人⑨近藤氏:人口減少を踏まえた将来負担への懸念(萌芽的言及) |
参考:本回に関連する専門用語
- ASI(回避・転換・改善):交通需要を見直すための基本的な考え方です。「Avoid(回避)」「Shift(転換)」「Improve(改善)」の頭文字を取ったもので、まず移動そのものを減らし(回避)、次に自動車依存から公共交通や徒歩・自転車へ移し(転換)、最後に必要な移動の効率や環境性能を高める(改善)ことで、持続可能な交通体系を目指す考え方です。
- 戦略的環境アセスメント(SEA):個別の開発事業ではなく、政策や計画の段階から環境への影響を評価する手法です。道路計画や都市計画などの初期段階で複数案を比較し、環境負荷の小さい選択を検討できる点が特徴とされています。
感想
第2回では、第1回で示された各委員の問題意識が、より具体的な技術的論点として深掘りされていく様子がうかがえます。
特に
- 「誘発交通」
- 「戦略的環境アセスメントの不在」
- 「水循環評価の欠如」
という3つの論点は、この段階で既に、現在の問題整理とほぼ同じ水準まで明確化されています。
こうした専門的な指摘が2010年の時点で既に出そろっていたにもかかわらず、その後の経緯を踏まえると、行政としての対応は必ずしも十分ではなかったのではないか、という印象は拭えません。
1957年という高度経済成長期に決定された計画を、現代の交通政策・環境政策の水準に照らして検証し直す、という視点の重要性を、あらためて感じさせる回だったと思います。