相生山緑地(名古屋市天白区)を縦断する道路計画「弥富相生山線」を巡っては、長年にわたり議論が行われています。

この問題を語る上で重要なキーワードが「環境アセスメント(環境影響評価)」です。

なにやら専門的で難しく思える仕組みですが、本質はシンプルです。

  • 環境アセスメントとは一体何なのか?
  • なぜ相生山緑地問題において議論のテーマとなっているのか?

現代の国際標準の視点から、分かりやすく解説します。


環境アセスメントとは?

「7つのステップ」で見る未来の予測

環境アセスメントを一言で表現するなら、「事業を実施する前に、環境への影響を予測・評価し、悪い結果を避けるための仕組み」です。

問題が起きてから対応する「事後対応」ではなく、あらかじめ未来をシミュレーションする「事前予測」に、環境アセスメントの本質があります。

標準的な環境アセスメントは、以下の7つのステップに沿って進められます。

ステップ プロセスの内容 相生山緑地における具体例・実務
① スクリーニング そもそもアセスが必要な規模か判断する 条例や法律に基づき、名古屋市等の環境担当部局が対象か確認
② スコーピング 調べるべき「重要な項目」を絞り込む 水環境(湧水・乾燥化)、生態系(ホタル)、交通問題などに集中
③ 現況調査 今の状況を正確に把握する 専門調査会社が測定(例:相生山の現在の雨水流出率は37%)
④ 影響予測 開発によって環境がどう変わるかデータで予測 モデル解析(例:道路建設により流出率が37%から55%へ上昇)
⑤ 影響評価 その変化がどの程度問題かを専門知見で判断 流出率55%は「緑地全体の乾燥化リスクを著しく高める」と評価
⑥ 回避・低減(ミティゲーション) 悪影響を減らすための対策を設計する ルート変更(回避)、透水性舗装や雨水浸透施設の設置(低減)
⑦ 公表・合意形成 結果を公開し、住民や専門家の意見を聞く 説明会やパブリックコメントを通じた社会的合意の形成

名古屋市が責任を持って実施

ここで重要なのは、「環境アセスメントの実施責任者は、行政や学者ではなく、あくまで『事業者(開発主体)』である」という点です。

相生山のケースであれば道路を造る名古屋市自身が責任を持ってこれを行い、実務は専門の環境コンサルタントや科学者が担当します。


通常アセス(EIA)と戦略的アセス(SEA)の違い

環境アセスメントには、私たちがよく知る通常のアセス(EIA:環境影響評価)のほかに、近年世界標準となっている戦略的環境アセスメント(SEA)という一段上の仕組みがあります。

  • 通常アセス(EIA): 計画が具体化した後に、「どう作るか(どうやって影響を減らすか)」を考える
  • 戦略的アセス(SEA): 計画の最初の段階で、「そもそも作るべきか、どこに作るべきか」を問い直す

両者の違いを比較してみましょう。

【通常アセス(EIA)の問い】

「ここに道路を通すことは決まった。雨水の流出率が37%から55%に跳ね上がるから、どんな排水施設を造って影響を『減らす』か?」

VS

【戦略的アセス(SEA)の問い】

「新規道路建設(A案)、道路建設ではなく公共交通の強化で対応(B案)、何もしない現状維持(C案)のどれが流域全体に最適か?」

A案、B案、C案の中から、より影響の少ない選択をするのが戦略的アセス(SEA)です。

通常アセス(EIA)の欠陥

もっとも大きな違いは、戦略的アセス(SEA)には、そもそも道路を作らない(ゼロ・オプション)という選択が含まれている点です。

通常アセス(EIA)には、作らない(ゼロ・オプション)という選択が含まれていない、という大きな欠陥が存在します。

この欠陥を補うのが戦略的アセス(SEA)というわけです。

環境破壊を伴う場合は、ゼロオプションが必要

特に相生山緑地のような、一度破壊したら二度と戻らない貴重な自然という「環境コスト」を支払う場合、計画の最上流段階でそもそも道路を造らない(ゼロオプション)を含めて検証する戦略的環境アセスメント(SEA)のプロセスが不可欠です。

「弥富相生山線」問題では、戦略的環境アセスメントの欠如が専門家からも指摘されています。

海外では、戦略的アセス(SEA)が義務化

欧州(EU)などの環境先進国では、道路建設を伴うような運輸計画・地域交通計画を立てる際、この「戦略的アセス(SEA)」に従うことが法律で義務付けられています。

そもそも環境負荷が大きすぎるルートを回避したり、「作らない(ゼロ・オプション)」という未来を選択肢に含めたりすることが、国際的なスタンダードなのです。


なぜ相生山緑地のアセスは「不十分」なのか?

相生山緑地の道路計画は、現代の基準に照らし合わせると、「極めて不十分である」と評価せざるを得ない大きな欠点が4つあります。

①「戦略的環境アセスメント(SEA)」の完全な欠落

この計画には、そもそも「道路を造らない」という選択肢(ゼロ・オプション)や、環境価値と道路の必要性を天秤にかける上流プロセス、すなわち戦略的環境アセスメント(SEA)が存在しませんでした。

1993年の事業認可時のアセスメントは、「道路を通すこと」を大前提とした事後的な評価に過ぎず、この初期段階での選択肢の狭さが現在の深い対立を生んでいます。

② 科学的知見のアップデート不足

1990年代初頭の評価軸と現代とでは、相生山緑地への理解度が180度異なります。

現在では、気候変動対策や、生物多様性の保全が重要な課題となっています。

また、厚さ40メートルの砂礫層(八事層)が持つ「天然のダム」としての機能も、当時のアセスメントでは過小評価されていました。

③「じわじわ効いてくる悪影響」の無視

当時のアセスメントは、道路が通過する「面積」の改変ばかりが強調され、道路が緑地を分断することによる「生態系の孤立化」や、コンクリートに覆われることによる「長期的な乾燥化」といった累積的な影響を十分にシミュレーションしていません。

さらに、予測が外れた場合にどう軌道修正するかという「順応的管理(アダプティブ・マネジメント)」の視点も欠落しています。

④ 時代の価値観との致命的なズレ

現代のインフラ開発は、自然を壊してコンクリートを固める時代から、自然が持つ力を防災や街づくりに活かすグリーンインフラやネイチャーポジティブ(自然再興)の時代へと大きくシフトしています。

1957年の都市計画決定当時の古い評価軸のまま突っ走ることは、現代の社会通念とも大きく乖離しています。


過去の教訓:外部不経済を無視した事業の末路

日本には、環境への影響(外部不経済)を過小評価したまま事業を強行し、後に莫大な社会的コストを支払い続けている反面教師的な事例があります。

それが「諫早(いさはや)湾干拓事業」です。

当時は農地確保や防災という「目の前の便益」ばかりが強調され、アセスメントにおける環境コストの計算が不十分でした。

その結果、事業後に深刻な水質汚濁や漁業被害、生態系の変化が顕在化しました。

現在に至るまで、長期にわたる泥沼の裁判費用や漁業補償、追加の環境対策費といった膨大な社会的・長期的損失が発生し続けています。

「最初の段階で、複数の代替案を戦略的に比較すること」すなわち戦略的環境アセスメント(SEA)がいかに重要かを、この事例は物語っています。


まとめ

アセスメントは「より良い未来の形」を選ぶプロセス

環境アセスメントは、単に「開発の免罪符」を得るための書類手続きではありません。

作る前に、未来の都市の形を選ぶプロセスであるべきです。

限られた財政(名古屋市は2026年度に約922億円の予算不足を抱えています)の中で、私たちは何を優先し、どのような街を次の世代に残すのか?

1957年の古い計画のまま道路を建設して、取り返しのつかない形で里山と生態系を破壊するのか?

それとも、現代の科学的知見に基づいて計画を「そもそも」の段階から見直し、世界に誇れるグリーンインフラとして緑地を保全するのか。

環境アセスメントという「未来のシミュレーター」にいま一度真摯に向き合うべき時代が来ています。