見えない環境コストを、目に見える設備の値段に置き換える
道路建設のような公共事業には、必ず環境コスト(外部不経済)が伴います。
しかし「環境コスト」は抽象的すぎて、金額のイメージがなかなか湧きません。
行政の費用便益分析(B/C)でも、走行時間短縮や事故減少といった便益は金額換算されますが、緑地が持つ雨水調整機能のような環境的価値は、多くの場合そもそも計算に組み込まれません。
そこで、この抽象的な環境コストを、目に見える設備の値段に置き換えて可視化してみます。
すなわち、
森や緑地が無償で担っている「雨水を受け止め、ゆっくり地面に返す」という機能を、もし人工的な設備で肩代わりするとしたら、いくらかかるのか?
代替法というメソッド
この「肩代わりの値段」を出す手法は、環境経済学では代替法(Replacement Cost Method)と呼ばれる、確立された評価手法の一つです。
今回は、その代替設備として、都市部の住宅地でも設置可能な「雨庭(レインガーデン)」を使います。
雨庭(レインガーデン)は、名古屋市も推奨している環境施策です。
補助金制度もあります。
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対象は、名古屋市天白区の相生山緑地を通過する都市計画道路「弥富相生山線」です。
この道路計画には、多大な環境的な損失が予測されています。
雨庭(レインガーデン)に代替する手法を用いて、そのごく一部を試算します。
具体的な試算:何世帯分の雨庭が必要か
前提条件
計算に使った数値は、以下の通りです。
| 項目 | 数値 | 出典・根拠 |
|---|---|---|
| 道路延長 | 892 m | 計画資料に基づく |
| 道路幅員(最大) | 16 m | 計画資料に基づく |
| 道路面積 | 約1.4272 ha(14,272 m²) | 延長×幅員 |
| 名古屋市の年間降水量(平年値) | 1,578.9 mm | 気象庁 1991〜2020年平均 |
| 舗装面の流出係数 | 0.9 | アスファルト舗装の一般的な値 |
| 分析対象期間 | 40年間 | 国土交通省 道路事業 費用便益分析マニュアル |
| 社会的割引率 | 4% | 同上 |
ステップ1:道路からの新規雨水流出量
年間流出量 = 道路面積×年間降水量×流出係数
14,272 ㎡ × 1.5789(m) × 0.9 ≈ 20,280 ㎥ / 年
弥富相生山線(幅16m区間)は、舗装化によって年間およそ2万m³の新規の雨水流出を生む計算になります。
ステップ2:これを一般家庭の雨庭で肩代わりすると何世帯分か?
名古屋市内の一般的な住宅で、屋根の一部(集水面積約50m²)から雨庭に雨水を導く場合を想定します。
1世帯あたり年間吸収量 = 50 ㎡ × 1.5789(m) × 0.9 × 0.8(捕捉率) ≈ 57 ㎥ / 年
必要世帯数 = 20,280 ㎥ ÷ 57 ㎥ ≈ 356 世帯
道路の雨水調整機能を宅地の雨庭だけで代替しようとすると、約356世帯分の設置が必要という計算になります。
ステップ3:費用換算(初期整備費+20年ごとの更新費)
雨庭は一度作れば終わりではなく、土壌の目詰まりや植栽の劣化により、一定年数で更新(土壌の入れ替えなど)が必要になると考えるのが現実的です。
ここでは20年ごとに1回更新すると仮定し、初期投資(0年目)と更新投資(20年目)を、社会的割引率4%で現在価値に換算します。
1世帯あたりの施工費は10万〜25万円(中央値17.5万円)というレンジで見積もると、
初期整備費 = 356 × 17.5万円 ≈ 6,230万円
20年後の更新費(現在価値) = 6,230万円 / (1.04)^20 ≈ 2,843万円
40年間の総費用(現在価値) ≈ 9,000万円
施工費のレンジ(10万〜25万円/世帯)を反映すると、総額はおよそ5,200万円〜1億3,000万円の幅に収まり、中央値としては約9,000万円という試算になります。
まとめ
| 項目 | 試算結果 |
|---|---|
| 道路(幅16m)からの新規雨水流出量 | 年間 約20,280 m³ |
| 代替に必要な雨庭の世帯数 | 約356世帯 |
| 40年間・4%割引率での総費用(現在価値) | 約5,200万円〜1億3,000万円(中央値 約9,000万円) |
道路の雨水調整機能を人工的に肩代わりしようとすると、これだけの規模の投資が必要になります。
逆に言えば、緑地はこれだけの価値を、これまで無償で提供してきたということでもあります。
これは環境コストの「ほんの一部」に過ぎない
ここで強調しておきたいのは、上記の約9,000万円という数字は、環境コストの全体像では決してないという点です。
理由は主に3つあります。
1. 雨庭と森林は、メカニズムが異なる
雨庭は「集めた雨水を人工的に地面に浸透させる」単機能の設備です。
しかし森林・緑地の雨水吸収は、樹冠遮断・蒸発散・土壌浸透・地下水涵養といった複数のプロセスが働いた結果です。
今回の試算は、あくまで「同じ量の水を処理するには、人工設備でいくらかかるか」という量的な代替コストに過ぎず、質的に同じ機能を再現しているわけではありません。
2. 雨水調整以外の生態系サービスは、一切含まれていない
緑地が提供する価値には、生物多様性の保全、大気浄化、気温調整(ヒートアイランド緩和)、レクリエーション価値、景観価値、そして将来世代のための存在価値・遺贈価値など、多岐にわたる機能があります。
今回の試算は、その中の「治水機能」という一項目だけを取り出したものであり、環境コスト全体からすればごく一部の下限値でしかありません。
3. そもそも失われる価値は不可逆的である可能性がある
いったん失われた生態系、特に長期間かけて形成された樹林地の生物多様性は、人工的に「作り直す」ことが困難、あるいは半永久的に不可能な場合があります。
経済学ではこうした不可逆性を「準オプション価値」や「安全最小基準」といった概念で扱います。
というわけで、9,000万円という数字は、あくまで「治水機能だけを、通常の設備投資として金額化したら」というごく一部の環境コストです。
なんでもない空き地にも、都市部では価値がある
今回のように、治水機能という一側面だけを取り出して金額換算すると、たとえなんでもない空き地であったとしても、数千万円規模の投資で肩代わりしなければならないほどの機能を持っている、ということになります。
道路建設の是非を議論する際、私たちはつい「そこにどれだけ貴重な動植物がいるか」という観点に目を向けがちです。
しかしそれとは別に、「その場所が、都市の中でどのような機能を担っているか」という観点からも、価値を測ることができます。
今回の試算は、その一つの試みです。